愛するがゆえ3。〜僕らで育てる華・2(前編)〜
保健室の前に着いた時、それまで淀み無く歩いていたドラコの足が、ぴたりと止まった。
何かを決心しているその横顔に、ネビルは何も言えなかった。
ただ黙ってドラコの手を、少しだけ強く握った。
その事で、心配そうに自分を見上げているネビルの視線に気付いたドラコは、苦笑してネビルを見た。
「‥‥ネビル、何があっても、僕は君の傍を離れないから‥」
そして、まるでこれから戦場にでも行くような口調で、そう言った。
ネビルもそれに青い顔で頷いた。
午前中の終わりを告げる、高い陽の光の中で、酷く奇妙な2人の仕草だった。
「マルフォイっ!!!夜だけだと言ったでしょう!!」
ドラコたちが保健室のドアを開けると、そこに待ち構えていたマダムポンフリーが、鬼の形相で怒鳴った。
2人揃って肩を竦め、暫し嵐が過ぎ去るのを待つ。
何度か怒鳴り、落ち着いたマダムが口を噤むまでに、10分以上かかった。
ようやく平静に戻った彼女は、ドラコと一緒に入ってきたネビルにようやく気付いた様子で、少し目を細めてネビルを見た。
「‥どうしました?傷がまだ痛むのですか?」
マダムに問われて、ネビルは無言で首を振った。
「それなら、何故‥」
「‥‥マダム、大切なお話があります」
ネビルに何故ここへ来たのかと尋ねようとしたマダムの言葉を、ドラコが遮った。
「‥‥話?」
突然のドラコの言葉に、マダムは怪訝そうな顔をした。
「‥はい、その事にはロングボトムも‥僕も、深く関わっているので、彼に付いて来てもらいました」
ドラコはそう言って、自分の後ろに隠れるように身を潜めていたネビルを、自分の横へと引っ張り出した。
マダムは、解せぬ顔のまま、取り合えず2人に椅子を勧めた。
「‥‥それで?話と言うのは‥?」
自分と向き合って座る2人を交互に見据え、マダムはドラコの話を促した。
「‥最近の僕の体調不良の事なのですが、マダムは昨日スネイプ先生にお会いになって、何か聞きませんでしたか?僕の体調が優れない理由か何か‥それで、帰りが遅くなったのではないですか?」
ドラコの口調は、いつもと同じ冷静さを滲ませたものだったが、よく見ると顔が青い。
ネビルはそれに気が付いて、心配そうにドラコを見上げている。
そんな2人の様子を見て、マダムは眉間に皺を寄せた。
‥‥この2人、こんなに仲が良かっただろうか?
一瞬頭に浮かんだ考えを、無理に振り払ってマダムは、冷静な仕草を保つ事にした。
「‥‥えぇ、その通りですよマルフォイ、貴方の普段の生活態度や、最近何かおかしな薬品を誤飲していなかったか、スネイプ先生にお聞きしました‥しかし、答えは「NO」でした、特にこれと言って何も聞いてはいません」
マダムの答えに、ドラコは少し驚いた。
スネイプなら、三ヶ月前のあの出来事を話さない筈が無いと、そう思っていた。それとも、時間的にあまりに以前の出来事なので、今回の自分の体調不良との関連は薄いと判断したのだろうか。
「‥‥‥そうですか‥」
ドラコはそう言って、一旦言葉を切った。
そして、隣に座るネビルと自然な動作で手を繋いでから、続きの言葉を口にした。
「‥けれど、僕は‥今回の事に、ひとつだけ思い当たる節があるんです」
ドラコがそう断言すると、ネビルの肩がびくりと揺れた。
それを慰めるように、ドラコは視線をマダムに向けたまま、ネビルの手を強く握った。
「‥‥それが、ロングボトムと関係があると‥?」
この部屋に入って来た時よりも、明らかに親密な空気の密度が増しているドラコとネビルの様子に、眉間の皺を濃くしたマダムは、言葉を選んでそう言った。
話の流れから言って、2人の様子を見ていれば、おのずとそういう答えしか出ては来ないのだが。
「‥そうです」
今度もドラコははっきりと言った。
「けれど、原因は僕です」
そしてこう付け足す。ネビルを傷付けない為に、これ以上後悔に苛ませない為に、ドラコはフォローを欠かさない。
「‥早く本題に入りましょう‥‥何が言いたいのか、良くわかりません」
ドラコの遠まわしな言い方に焦れたのか、マダムはそう言って先を促す。
「‥三ヶ月前、僕はロングボトムの作った薬を飲みました‥‥そして、僕は‥僕の身体は一時的に女になりました。スネイプ先生もご存知です」
ドラコの言葉に、マダムの顔に呆れが浮かんだ。
ネビルの魔法薬調合の腕が鈍い事は、スネイプに聞いて知っていたが、よもやそれ程とは‥‥流石に呆れ返って言葉も出ない。いや、寧ろ感心したいくらいだ。
性別を変える薬と言うのは、実は未だに正確には確立されていない。何の薬を作る気だったのかは知らないが、とんだ副産物もあったものだ。
「それで‥‥その、僕は‥‥‥誘惑に負けてしまって、ロングボトムと‥性交を持ちました」
流石に言い難そうに、けれどそう言い切ったドラコに、ネビルの方が赤面してしまった。事実とは言え、いくらなんでも恥ずかしすぎる。
マダムの目が驚愕に開かれた。けれど、何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
「‥‥その時、僕たちは避妊していませんでした」
ぽつりと付け加えられたドラコの一言で、マダムはようやくドラコの言いたい事を理解した。
しかし、いくらなんでもそんな現実、受け入れがたい。
マダムは何度も深呼吸をして、それからやっと口を開いた。
「‥‥つまり、マルフォイ‥‥貴方は‥、その時の行為で妊娠したと、そう仰りたいのですか?」
「‥‥‥‥‥はい」
ドラコはマダムの目を見据えて、頷いた。
それから、耳に痛い沈黙が続いた。
ネビルは居心地悪そうにドラコを何度も見上げ、ドラコは安心させるような笑みを称え、ネビルの手を握っていた。
「‥‥‥証拠は何か、あるのですか?」
暫く何かを考え込んでいたマダムは、静かにそう言った。
ドラコは無言で今朝ネビルに見せた妊娠検査薬を、マダムに差し出した。
そして、再び短い沈黙。
マダムの口から、溜息が零れた。
ドラコが差し出した妊娠検査薬は、魔法界でも高い精度を誇る店のもの。マダムの所に「妊娠したかもしれない」と泣きついたて来た女子生徒に、いつもマダムが差し出すものと同じ物。過去にこの検査薬が誤診を出した事など無いのは、マダム自身が良く心得ていた。
「‥‥‥男子生徒の妊娠なんて、私の人生で初の出来事です」
少し疲れたようにそう言って、マダムは呆れた視線で2人を見た。
仲の悪い寮同士の、典型的な虐めっ子と、虐められっ子の、ドラコとネビル。
立場が逆だったら、何となく納得が行きそうなものだが‥‥、何がどう間違ってドラコの方が妊娠してしまったのだろう。
マダムの視線に、2人は肩を寄せ合って、不安気に視線を交わす。
この様子を見ていれば、2人が恋仲なのは理解できるが‥どうしてドラコが‥。
「‥2人の関係は、一体いつから‥‥?今回が初めてではないでしょう?」
気付いたらマダムは、好奇心に負けてそんな事を聞いていた。
「‥‥えぇ、2年生の時から‥もう、4年になります」
それに、律儀に答えるドラコ。
ネビルは恥ずかしさの余り、その場で泣き崩れたかった。
「‥‥そう‥その‥‥2人は、普段から‥その‥‥‥ロングボトムが攻なのですか?」
更に突っ込みを入れるマダムに、ネビルは眩暈がした。このまま、気を失いたいと、本気でそう考えた。
「いいえ、僕です!」
男としてのプライドが傷付いたのか、ドラコは即座にそう答える。
そして、あろう事かネビルの服をたくし上げて、昨夜愛し合った証をマダムに見せた。
「‥‥‥‥あら‥まぁ‥若いのね」
マダムは、妙に笑顔でそう感想を零した。
次の瞬間、部屋に響いたのは乾いた音。ネビルの平手がドラコの頬を打ったのだ。
「‥ドラコの馬鹿ぁっ!!!」
ネビルはそう言って、ドラコの頭を何度も拳で叩いた。
「いてっ‥すまないっネビルっ!僕が悪かった!!」
「お馬鹿!変態!!恥知らず!!」
ドラコは必死で謝ったが、ネビルは許してくれない。涙を溜めた真っ赤な目でドラコを睨み、腕を振り下ろし続けた。
「あらあら」
マダムは笑って、仲裁に立ってはくれなかった。
暫くそんな賑やかな光景を見て、ひとしきり笑ったマダムは、ふと視線を2人の後方に向けて、悪戯っぽい笑みを見せた。
自分たちで手一杯の馬鹿っプルは、その事には気付かない。
「‥セブルス?いい加減、仲裁して差し上げたらいかが?」
マダムの声に、2人の動きが止まった。
恐る恐る視線を後ろに向けると、そこにはマダムの言葉通り、憮然とした顔でスネイプが立って居た。
「「ス‥ネイプ‥先生‥!?」」
2人の顔から、一気に血の気が失せていく。
数秒前までの喧嘩も忘れて、ドラコに飛びついたネビルを、ドラコはしっかり抱きとめた。けれど、その顔は情けなく歪んでいた。
「‥‥我輩の授業をボイコットして、2人仲良く痴話喧嘩か?」
苦々しげに吐き出されたスネイプの言葉に、2人はようやく今日の午前中の授業が何だったのかを思い出した。
明らかに怒っているスネイプに、2人はただ怯えて何も言えなかった。
それから2人は尋問のように、今回の事態に関する顛末を根掘り葉掘り話さねばならなかった。
(例えば、「今すぐ抱け〜」とか、「処女膜が〜」とか、「中に出せ〜」とかの、恥ずかしいくだり全てを話しているご様子。ご参考までに‥)
大抵がドラコが話す側で、ネビルは泣きそうな顔で頷くだけだった。
マダムは、妙にテンション高く話しに聞き入っていて、スネイプは眉を絶えずぴくぴくと痙攣させていた。
「‥‥と、言うわけです」
ドラコが話し終わると、マダムは笑顔で頷いた。
「‥勿論、産むのですよね?マルフォイ?」
そして、爆弾発言。
ドラコとネビルが、完全に固まった。
妊娠と言う事実だけで頭が一杯の2人は、そんな事まで考えていなかった。
お互いに困った顔で視線を交わす。
「よもや、せっかく授かった命を無に返すなど、いたしませんね?」
そんな2人に選択の余地を与えず、マダムは畳み込むように言い放つ。
ドラコは溜息を吐いて、ネビルを見た。
「‥ネビル、産んでも良いか?」
真面目な顔で問われて、ネビルは困惑の視線をドラコへと返す。
自分でした事は、自分で最後まで責任を持つ。小さい頃からそう教えられて育ったネビルに、選択の余地はあまり無い。
「‥‥ドラコが‥良いなら‥‥構わない‥よ?」
真っ赤な顔でそう言って、ネビルはドラコを見詰めた。
ネビルの答えに安心したのか、ドラコが微笑む。
「‥‥決まりね!」
2人のやり取りをじれったそうに見ていたマダムが、そう言って嬉しそうに手を打った。
「‥あの、先生‥?‥‥退学届けって、校長先生に出したら良いんでしょうか?」
それから、ネビルは真剣な顔でマダムに問う。「先生」と言いながら、決してスネイプには聞かなかった。
「何ぃ!?」
「はぁ??」
「‥もう一回、仰っていただける?」
その場に居合わせた、三者三様驚きの声をあげた。
ネビルは、自分の発言がどうしてそんなに驚かれるのかわからない様子で、首を傾げている。
「‥‥参考までに聞こう、誰が退学すると言うんだね?ロングボトム‥」
スネイプが、最初にネビルに問いただした。
残りの2人も、ネビルを問い詰める視線で見据える。
「‥‥あの、‥‥‥僕、です」
スネイプの視線に、居心地悪そうにおずおずとネビルはそう答えた。
「何故だ!?」
今度はドラコがネビルに問い様、詰め寄った。その表情は、明らかに狼狽に彩られている。
「‥‥だって、‥赤ちゃんが生まれたら‥育てなくちゃいけないでしょう?」
ドラコの剣幕に押され気味になりながら、ネビルはさも当然とでも言いた気にそう答えた。
「だからって!!どうしてネビルが退学するんだ!?だったら僕も‥」
「‥駄目!!ドラコはちゃんと卒業して!!」
ネビルの言った事は理解できたが、どうしても「退学」を受け入れられないドラコは、勢いで「自分も退学する」と言いかけた。しかし、皆まで言う前にネビルにきっぱりと否定された。
「嫌だ!!ネビルの居ない学校生活なんて耐えられない!僕はたった3日だって耐えられなかったんだぞ!!」
「‥‥仕方ないでしょう!?こうなった責任は僕にあるんだから、僕が責任持って育てなくてどうするのさ!?生まれたばっかりの赤ちゃんを放っておくなんて、僕には出来ないよ!!」
「だからっ!!僕も一緒に育てると言っている!大体、責任と言うなら全て僕にあるんだぞ!?」
「お馬鹿!!こう言うのは孕ませた方の責任でしょう!!」
「そう仕組んだのは僕だって言っているだろう!!」
「違うよ、ドラコは悪くない!!!」
「ネビルの方こそ、悪くない!!!」
2人は「自分が悪い」と、一歩も譲らなかった。何時の間にか、本題は退学の話から随分ずれてしまっていた。
スネイプとマダムは、呆気に取られてそれを見ていた。
ドラコはともかく、ネビルがこんなにも怒鳴っている所を、2人は‥いや、ホグワーツにいる殆どの人間は見た事が無いだろう。つまり、ネビルにとってドラコがそれ程までに信頼に値する人間だと言う事の証明でもある。
「やめんかっ!!!」
2人の本気の怒鳴り合いを、スネイプが一喝して止めさせた。
「先程から、聞いていて頭が痛くなる事この上無い‥‥痴話喧嘩なら他所でやって来い!」
「そうですよ、2人とも‥ここがどこだかお忘れですか!?」
スネイプの言葉に、マダムも加勢した。
ドラコとネビルは、言い争いを止めざるを得ない。
「‥‥貴方たち2人‥どちらも退学なんてしなくても大丈夫です‥勿論、休学も、産休の必要だってありませんよ?」
大人しくなって項垂れた2人に、マダムは少し和らげた口調でそう言った。
2人は、マダムの言葉に顔を上げた。
「今までにも、このような事は多かれ少なかれありました。在学中の生徒が妊娠してしまう‥確かに、褒められた事ではありませんが、命を授かったのですから名誉な事ですよ?子供の命も、2人の人生も無駄にはしない配慮くらいは、私にもできます」
顔を上げた2人の目を順番にゆっくりと見詰め、マダムはそう続けた。
「‥‥どうやって‥ですか?」
辛うじてドラコは、それだけを口にした。
「‥簡単です。成長薬で胎児の成長を早めて、夏休み中に産んでしまうのです。‥‥今回の場合は、性転換の薬も必要ですが‥、生まれた後の事は、2人でご両親を説得なさい。どんな親だって、子供や孫を蔑ろにはしないものですよ?」
マダムの言葉に、ドラコとネビルは顔を見合わせた。
自分たちで両親を説得する‥‥不可能ではないが、困難な事なのは確かだ。
魔法界屈指の大物、ルシウス・マルフォイと、
厳格さではマクゴナガルをも凌ぐ、ロングボトム家の主である祖母。
自分たちに、彼らを説得して、子供を認知させる事なんて‥本当に出来るのだろうか?
2人は同じ表情を顔に貼り付けたまま、酷く緊張していた。
自分の家族の事は言うまでも無いが、相手の家族の噂は今までに嫌でも耳に入ってきている。
一筋縄ではいかないに違いない。って言うか、本当に説得なんて出来るんだろうか??
・・・・・・・でも、こうなってしまった以上は後には引けない。
生まれてくる子供の為に、何より二人の愛を認めてもらう為に・・・今が丁度良いタイミングなのかもしれない。
ドラコとネビルは顔を見合わせたまま、一度だけ頷き合った。
「・・・・わかりました」
「・・・・・・僕たちで家族を説得してみます」
それからスネイプとマダムに向き直った2人は、しっかりとした口調でそう言いきった。
マダムはそれを頼もしそうに見詰め、スネイプは心の底から怪訝そうな顔をした。
その日の夜、ドラコとネビルは家族に「大事な話があるので、一時帰宅をする」と言う旨の手紙を出して、翌日に朝から出かけられる手続きを取った。
家に帰るのは週末まで待っても良かったのだが、何故かスネイプに「さっさと行け」と急かされてしまったので、そうせざるを得なかったのだ。
「・・・・・・‥せーの、じゃんけんぽい!・・・・・・・負けたぁ・・・どうしよう?僕が先?」
「恨みっこ無しって言っただろう?やり直しは無しだからな?」
「・・・・・・わかってるよ・・・」
夕食後のドラコの部屋。
大切な話し合い(最悪、血を見るかもしれない)を明日に控えた2人は、何故かじゃんけんをしていた。
・・・というのも、どちらの家に先に挨拶に行くのかで、揉めていたのだ。こういう時は、2人一緒に行くのが道理である。けれど、まだ見ぬ相手の家族に対する恐怖心はお互いに拭えない。出来れば、自分の家族を先に説得してしまいたい…と言うのが本音だったりする。
『負けた方が、先に相手の家に行く』それが、2人で決めたルールだった。
物事の道理を考えれば、孕ませてしまった方が先に相手方に謝罪を含めて挨拶をするべきなのだが、・・・・・・・2人の場合、いささか状況が困難だ。
子を授かったのはドラコの方だが、その実行為そのものはドラコが強要したものだし、普段そういった行為をしているのはドラコなのだから、謝罪を込めた挨拶をするのはロングボトム家が先でもおかしくはない。
そしてじゃんけんに負けたのは、ネビル。
ネビルは潔くそれを受け入れるしかない。
「・・・・・心配するな、父上だって鬼じゃない・・話せばわかってくれる筈だ・・」
項垂れたネビルを慰めるように、ドラコはそう言ってネビルの身体を抱き寄せた。
「・・・うん・・・・・・そうだよね」
ネビルはドラコに心配をかけまいと、気丈な笑顔でそれに答えた。
そんな仕草が愛しくて、ドラコはネビルを抱く腕に力を込める。
「苦しいよ・・・」
そう言いながらも、ネビルの腕は既にドラコの背に回っていた。
「・・・・・・ここに、赤ちゃんが居るんだね・・・」
ドラコの腕の中で、微笑んだネビルがぽつりと言った。彼の視線はドラコの腹部を愛しそうに見詰めている。
「・・・・・・・・・・・心臓の音でも聴こえるのか?」
ネビルがドラコの胸より少し低い位置に耳をあてたので、ドラコは苦笑してそう問いかける。
「・・・う〜ん・・・・・・わかんない、でも・・・居るんだよね、僕たちの赤ちゃん・・・」
「・・・・・そうだな・・・」
「変なの・・・僕じゃなくて、ドラコが赤ちゃん産むなんて・・・」
ネビルは少し冗談めかしてそう言った。
「・・・・・・変なの・・・」
そして、同じ言葉を繰り返す。
「・・・・・・・・・・僕が妊娠できたら良かったのにな」
それから、ぽつりとネビルは小さな声で付け足した。
なんだかまるで『自分がドラコの子供を産みたかったのに、先を越されて悔しい』と言っているみたいなネビルの言葉に、ドラコは少し驚いた。
「・・・・ネビル?」
「・・・・・・・・・・・ドラコ・・ごめんね」
「・・・なんで謝るんだ?」
「・・・・・・・・・・だって、僕・・・どうしたってドラコの子供を身に宿す事が出来ないんだもの・・・ドラコには出来たのに・・・・・僕には出来ないんだもん・・・・・・・穢れた身体・・だからかなぁ・・・・」
最後に呟いたネビルの言葉は、ドラコに聞こえなかった。
ドラコはネビルの最後の言葉を知らぬまま微笑んだ。そして、その身体を強く抱きすくめる。
「良いじゃないか・・・気まぐれな神が僕たちに与えてくれた奇跡なんだから、多少の不具合には目を瞑ってやっても良いんじゃないか?」
ドラコの言葉は優しくて、ネビルの耳に心地良い。
抱き締められた腕の中で、ネビルは幸せそうに笑った。
「はぁ〜・・・駄目、やっぱり緊張する・・・」
翌朝、暖炉の前でネビルは何度目かの深呼吸をして、哀願の視線をドラコへと向けた。
「大丈夫だから・・・そんなに構えるな・・・」
ドラコは困り果てた様子で、ネビルを見据える。
さっきからネビルはこれの繰り返しで、全く前に進もうとはしない。・・・いや、進もうとはしているのだが、恐怖と緊張が邪魔をして、上手に進めないのだ。
「・・・・・・・だって・・・ドラコのお父さん・・・・・・・・・ん・・・・っふ・・・」
ドラコはじれったくなって、ネビルの唇をキスで塞いだ。
長い長いキス。
ネビルの緊張まで吸い取ってしまうかのように、濃厚で愛情溢れるその行為の後、ネビルは困った顔をした。
「・・・・・これから、ご両親に会うっていうのに・・・」
そう言って、ぎこちなくではあったが、ネビルが笑った。
今朝、目を覚ましてからはじめて見せたその笑顔に、ドラコも安堵の溜息を吐き出した。
「僕が君を守るから・・・何も心配しなくても良い・・・」
優しい瞳で見据えられて、ネビルは嬉しそうに頷いた。
そうして2人は意を決して、暖炉から煙突飛行粉でマルフォイ家へと向かった。
「・・・・ドラコ様、ご主人様がお待ちです・・応接間へどうぞ」
暖炉の前で待っていたらしい屋敷しもべがそう言って、ドラコに向かって恭しくお辞儀をした。
「あぁ・・・ご苦労だったな・・・・下がって良いぞ」
ドラコはその屋敷しもべに労いの言葉をかけながら、身体についた煤をはらった。
そして、ドラコの傍で同じく身体の煤をはらっていたネビルへと向き直る。
「・・・・ドラコ、僕・・変じゃない?頭に灰とか煤とかついてない?」
ネビルはドラコを見上げて、心配そうな表情でそんな事を言う。
2人は学生の身なので、正装として許される範囲の服装として、今日の衣装を制服に決めていた。蛇と獅子の仲の悪さを危惧して、ネクタイの代わりにおそろいのベルベッドのリボンタイを首に結んでいる。
今日のネビルは、いつもにまして身だしなみを整えていた。いつも襟足が跳ねてしまう髪も、今日は綺麗に真っ直ぐに揃え、耳にかけてある。
ドラコは微笑んでネビルの髪を撫で、その頬に両手を添えた。そして、オプションにキスも付け足す。
「・・・・・大丈夫だ、いつもよりもストイックで素敵だよ・・・ネビル」
そんな甘い言葉を囁くドラコに、ネビルは容赦のない肘鉄を食らわせた。
「・・・・・・・・・・・・・・お馬鹿!誰かに見られてたらどうするのさ!?」
そう言って、怒ってしまったネビルにドラコは苦笑する。
・・・どうせ、直ぐにばれるんだから良いじゃないか・・・と、内心そう思っていた。
そんな事もありつつ、2人は気を取り直して応接間へと向かった。
マルフォイ家の広さに、家の造りも去る事ながら、そのあまりにも豪華絢爛な内装と装飾に、ネビルは息を飲む。
今更ながらに、とんでもない相手と付き合っていた・・・と言う自覚が、ふつふつと沸いてきた。
そんなネビルを気遣うように、伸ばされたドラコの掌。ネビルは無意識にその手を掴み、離さない様にぎゅうっと握った。
暫く歩いて、ドラコが歩みを止めた。どうやら目的地に着いたらしい。
ネビルの緊張が増し、心なしか胃が痛い。
そんなネビルを一度だけ心配そうに見てから、ドラコは深呼吸をし、目の前にある扉を三回ノックした。
「父上、ドラコです」
ドラコが声をかけると、部屋のドアがひとりでに開いた。
ドラコはネビルを連れて、その中へと足を踏み入れる。2人が部屋に入ると、扉はまたひとりでにパタンと閉じた。
部屋の中には落ち着いた色の毛足の長い絨毯が敷かれ、芸術に興味の無い者でも一目で高級だとわかるアンティークなテーブルとソファーが置いてある。
「・・・・・・・・」
椅子に座っていたルシウスは、ドラコと一緒に入ってきた栗毛の少年に、視線を向けた。
ネビルは姿勢正しくドラコの後ろに立って、その視線を受け止める。
暫くの間ネビルの姿を値踏みする様に、上からしたまでゆっくりと眺めていたルシウスは、不意に口元に意味深な笑みを零す。
息子同様、彼の好みにネビルはぴったりだったらしい。(親子揃って、好き物一家・・・・・流石、マルフォイです/笑)
「・・・・・・・ドラコ、お友達を・・・紹介してくれるかな?」
何かを企んでいる時特有の猫撫で声で、ルシウスが言った。
ドラコは、胸に湧いた嫌な予感を微塵も感じさせない表情で、小さく頷く。
「・・・・・彼は、ネビル・ロングボトム。ホグワーツの同級生です」
ドラコはそう言って、自分の後ろに居たネビルを自分の隣に導いた。
「はじめまして、ネビル・ロングボトムです」
ドラコの紹介を受けて、ネビルはそう言ってお辞儀をした。
「・・・・・・で、大切な話・・・・・と言うのは?」
2人に椅子を勧めて、正面から見据えたルシウスは、穏やかな口調でそう問う。
ドラコとネビルは、小さく視線を交わして、心の中で深呼吸をした。
そして、話し出したのはドラコ。
「・・・父上、突然の話で混乱されるかもしれないのですが・・・・・・・僕たちは、付き合って居ます。将来の結婚まで考えた・・・・そういう付き合いをしています」
ドラコの言葉に、ネビルは内心の恥ずかしさと緊張を上手に隠す事が出来ず、小さく何度も視線を泳がせ身じろぐ。
ルシウスは「ほぅ」と、溜息に似た相槌を打ちながら、そんなネビルを見据えていた。
「・・・・ロングボトム家の跡取りは、確か男の子だったと思うが?」
至極当然な父の台詞に、ドラコは怯まなかった。
「・・・そうです。ネビルと僕は同性です・・・・しかし、僕は彼と結婚します」
父親に向かって、きっぱりとそう断言した。
「・・・・・・・・つまり、マルフォイの家を根絶やしにしたいと・・・・そう言いたいのか?」
少し棘のある言い方に、ネビルは肩を小さく震わせる。
男同士。自分たちの関係が、認められない事なのは知っていた。けれど、直接的に具体的な言葉を投げかけられたのは、これがはじめてだった。
「・・・いいえ、父上・・・・・・その問題は・・・・・・・・・・既に解決しています」
居た堪れない様子で怯えの滲む表情のネビルに、そっと微笑み、腰に腕を回して、ドラコは更に断言した。
「・・・・・子供が出来ました・・・僕たちの間に・・・・です」
ネビルを抱き寄せて、更に続いたドラコの言葉。
ルシウスの目が驚愕で見開かれる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・今、何と言った?」
信じられないものを見るような視線で、息子とその恋人を見つめて、震える声で我が耳を疑う。
「子供が出来たと言いました」
ドラコは開き直ったのか、天性の図太さからか、飄々と答える。
それから、暫くの沈黙。
「・・・・・・・・この事を、ロングボトム夫人はご存知か?」
心配そうな視線でドラコを見上げるネビルを、ドラコが優しい視線で無言で慰める。
そんな仲良さ気な2人を見詰めていたルシウスが、ポツリとそう零した。
どうやら、彼の中でようやく真実を受け入れる準備が出来たようだ。
「・・・・・・いえ、これから・・2人で挨拶に伺うつもりです」
ルシウスの問いに、視線をネビルから父へと戻し、ドラコは答えた。
「・・・そうか・・・・・・・・順番を間違えたのではないかね?2人とも・・・こういう場合は、先方に先に挨拶するものだ・・」
少し呆れの混じった口調でそう言うルシウスは、少し誤解しているらしい。
ドラコとネビルの外見や、性格を知っている者ならば、必ずするであろう誤解だった。
「・・・・・・・そうかとは思ったのですが・・・・・・その、少し事情が込み入っているので・・・」
流石にドラコの歯切れが悪くなっていく。
自分の過ちを、自分の口から説明する事に少し躊躇いを感じてしまった。
「・・・いいえ、Mr.マルフォイ・・・順番は、間違っていません・・・ご子息を手篭めにしたのは、僕です」
言い淀むドラコを助けるつもりだったのか、ネビルは凛とした声で、とんでもない事を言ってのけた。
・・・・・・・・・マルフォイ親子の目が点になった。
ネビルの可愛らしい顔に似つかわしくない台詞に、込み上げてくる頭痛を否めない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?違うの?」
そんな2人の様子に、ようやく自分の爆弾発言に気付いたネビルは、そう言って困った視線でドラコを見た。
ドラコは溜息を吐き出した。・・・・そうだった、ネビルはこういう人だったっけ・・・。
「・・・いや、間違っていると言えば、間違ってるんだが・・・・・言いたい事は、何となくわかる」
ネビルに慰める様にそう言って、恐る恐る固まっているルシウスに視線を移すと、案の定だらしない表情でネビルを凝視していた。
ドラコが「父上?」と呼びかけると、ルシウスはハッとして、表情を引き締めた。
「・・・・・・すみません、僕の説明が足りなくて・・・・・・・その、実は、・・・・子を宿したのは僕の方なんです」
苦笑と共に、ドラコは補足説明的に真実を告げた。
ルシウスは何も答えなかった。ただ、視線でドラコに「何故だ?」と聞いている。
ドラコは意を決して、事の顛末を父に語った。
「・・・・・・・・・そうか」
全てを聞き終わったルシウスは、少し疲れた表情で一言、そう言った。
その表情の中には、ドラコの無鉄砲さへの非難と、可愛いネビルの本質が「攻」でなかった事への安堵が含まれていた。
「・・・それで?・・・・・お前たちは、どうしたいのだ?」
そう問われて、ドラコは即座に
「産みます」
と答えた。
その答えに、ルシウスの表情が少し曇った。
「しかし・・・・」
「お願いします!!・・・責任は、僕がちゃんと・・・・将来の事も、子供の事も、きちんとしますから、だから・・・」
喋りだしたルシウスの言葉を、ネビルが遮り、懇願の視線を向けた。
「・・・・・いや、案ずる事は無い、ロングボトム君・・・・ネビル君、と言ったかな?・・・・私は別に、子供を産む事を否定している訳ではないんだ・・・・ただ、そうなるといろいろと問題が起きるだろう?・・・その事を少し、危惧しているだけなんだ」
ネビルの可愛らしい表情に、内心ときめきを感じながら、ルシウスは優しい視線でネビルを見据えた。
大人の男の色気を滲ませたその視線に、ネビルの頬に朱がさした。
「・・・大丈夫です、その事は既にマダムポンフリーに相談済みです。「成長薬」を使えば、夏休み中に全てを終わらせられます」
見詰め合ったルシウスとネビルの妙に甘い空気に、いち早く反応して、ドラコが間に割って入った。
そして、睨み合う変態親子・・・・・もとい、マルフォイ親子。
ネビルは、頭に?マークをいくつも浮かべて、不思議そうに2人を見ていた。
「素敵じゃない!!家族が2人も増えるなんて!!」
突然、お花畑でも背負っていそうな明るい乙女な声が、重苦しい空気の部屋に場違いに響いた。
「・・・ナルシッサ・・」
「・・母上?」
睨み合っていた2人は、何時の間にか部屋の入り口に立って居た女性・・・ナルシッサに、そっくり同じ間抜けな顔で振り向いた。
「ごねんなさいね、気になってしまって・・・・・・思わず、聞いちゃった☆」
そう言って、少女のように片目を瞑った、・・・・・・既に40目前の、ドラコの母親。
「聞いちゃった」・・・・・って。
ドラコとルシウスは、溜息を否めなかった。
黙っていれば若く美しいナルシッサは、その実、天然で少女趣味な人なのだ。
この場所に、似つかわしくない事この上ない。
その中で、たった1人動いた者が居た。
言わずもがな、・・・・・・・ネビルだ。
ナルシッサの天然光線に太刀打ちできるのは、やっぱり天然のネビルしかいないだろう。
「・・・・あの、はじめまして、マルフォイ夫人・・・・・ドラコさんとお付き合いさせていただいております、ネビル・ロングボトムです」
席を立ち、ナルシッサの前に歩み出ると、行儀良く自己紹介をした後、お辞儀をした。
「あらあら、ネビルちゃん、そんなにかしこまらないで?「お母様」って呼んで頂戴vv」
そう言って、ナルシッサはニコニコと笑う。
ネビルはと言えば、友好的で温かいナルシッサの言葉に、感激した表情で瞳をキラキラさせている。
「・・・・良いのですか?」
「勿論よ、こんなに可愛らしい子がドラコと結婚してくれるなんて、嬉しい事この上ないわ」
「・・・・・お・・・母さま・・・(じ〜ん)」
「まぁ、・・早速呼んでくれるのねvv(感動、ネビルを抱き締める)」
完全に、百合だった。・・・・・・・・・やっぱり、この2人の展開する世界は、他とは少し違う次元だった。
・・・・・・・・とにかく、こんな具合で、マルフォイ家の方はカタがついた。
「それでは、いってまいります」
暖炉の前で、ドラコは両親に挨拶をした。
ルシウスを警戒してか、ネビルの肩を抱き、必要以上に密着している。
「お邪魔しました」
ネビルは、礼儀正しく挨拶をした。
「一緒に、私が行っても良いんだが・・・・」
そう言いかけたルシウスを、ドラコがギロリと睨む。
ルシウスは2,3度咳払いをして、その場を濁し、「何かあったら、直ぐに呼ぶように」と、言い換えた。
「2人とも、ロングボトムさんを連れて、必ず夕食にはもどっていらっしゃいね」
ナルシッサがにこにこと付け加え、笑顔で2人を見送った。
そして2人は、ロングボトム家へと旅立った。
To be continued‥‥。
チヨリンさんの呟き。
千夜「・・・長いですね」
凛「・・・・・そうですね」
千夜「・・・・・・・・・こんなの、待っててくれる人、居るんですかね・・?」
凛「私!私が待ってますよ!!」
千夜「・・・・・・・・・・」
凛「・・・・・・・ごめん」
なにやら、ふてくされ気味の千夜さんに愛撫・・・・じゃなかった、愛の手を!!(笑)
2004・10・11 赤城凛